青年期

高校に入学した後の福山雅治はどんな生活を送っていたのでしょうか。
この頃からモテモテの福山雅治は近所の女子高でファンクラブができるほどの人気だったそうです。
通学途中のバスの中でも注目されるようになり「バス停の君」と周囲の女子から呼ばれていたそうです。
もちろん当時つきあっていた彼女はいたそうです。
しかし高校生活を楽しむことは出来ずに辞めることばかり考えていたそうです。
そんな学生時代から福山雅治はラジオが大好きで、よく聴いていたそうです。
番組にハガキを送ったりもしていましたが、読み上げられることはなかったそうです。

高校卒業後は、父親が亡くなっていたことと兄が自衛隊に入隊していたため母親を1人に出来ず家から近い会社に就職を決めました。
営業職として働きましたが、音楽をあきらめきれずに4ヶ月で退職。
東京へ行くことを決意します。
そして福山雅治は初任給で購入したバイクを売り払いその代金20万円をもち、東京にいる高校時代の友人の家に転がりこんだそうです。
ピザ屋、運送屋、バーなどでバイトをして、その後材木屋で働くようになりようやく生活が落ち着きました。
テレビでアミューズの映画オーディションを知り応募、見事合格を果たし今に至るというわけです。
デビューは1990年、当初は1989年デビュー予定でしたが1年延期されたそうです。
初めての新宿でのライブハウスの観客は「0」だったそうです。
福山雅治は最初俳優として名前が売れ初めて、その後歌手しても人気がでました。
今やシンガーソングライター、ラジオDJ、俳優、写真家など多方面で活躍するトップアーティストとなりました。

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